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昔の話 ②研修生時代

昔の話です

 

☆わずか半年の弟子時代の話はこちら〜

 

 

弟子を辞めてしまってから、

さらに半年後・・・

 

某大学施設の卒後研修生になることが出来ました。

 

新人鍼灸師を育てる、

卒後研修制度の初期だったと思います。

 

外来治療室のスタッフとして、

指導教官の指導のもとに、

臨床経験を積む制度です。

 

 

週のうち、日曜日以外、

2日は外来担当として活動し、

あとの2日は、外来運営のためのスタッフとして、

カルテ管理や、患者様のご案内、

ベットメイクや掃除などを担当して、

残りの2日は、アルバイトをして良いことになっていました。

(アルバイトは、

専門学校時代にお世話になったビル管理会社に、

期間限定で雇っていただきました。)

 

 

来院患者数が一日50〜80人程の、

活気のある施設でした。

ですので、外来担当でも、スタッフとしても、

めまぐるしく動き回る日々でした。

 

外来が終われば、

鍼の練習会、

カルテ整理、

先輩の実験のお手伝い、

新患検討会の準備、

自分の担当患者様についての調べもの、

ケースカンファレンスの準備など、

やることは、山積みでした。

 

先生方も学生も、

皆さん、遅くまで残っていて、

夜十時過ぎてから、

近くの居酒屋さんで軽く呑む事も、

良くありました。

 

外来担当では、

入学当初は、まず担当教官の側に付きます。

様々な患者様を、

何を目的に、

どんな治療をしているのか、

理解できるようになってから、

抜鍼を任せてもらえるようになります。

 

抜鍼が出来るようになると、

部分的な治療を任せてもらえるようになります。

僧帽筋パルスとか、四頭筋パルスとか、置鍼とか、

経過中の患者様の一部の治療です。

 

(そのころのクレーム事件はこちら☆)

 

それが出来るようになると、

やっと新患を任せてもらえるようになります。

初診の患者様を身体診察から所見集め、

治療計画、治療までの、

すべてを一人で行います。

(←もちろん、担当教官に逐一報告しながら進めます。)

 

私が新患を任せていただいたのは、

九月でしたから、

四月に入学して、半年かかっています。

 

そこから、始めて担当した患者様の、経過を追って、

ケースカンファレンスで発表させてもらいます。

その症例を雑誌に投稿するところまで、

一年目で経験させてもらいました。

 

九月以降は、新患をどんどん担当させていただき、

新患検討会にて、先生や先輩方を前に発表して、

アドバイスを頂くことを、繰り返しました。

 

矢のように飛んでくる質問に、

しどろもどろだったり、

頭真っ白状態になって、

答えられなくて、

焦ることも良くありました。

 

驚くことに、

先生、先輩方は、

(ビイールパパも含まれます)

日中はもちろん、

夜の居酒屋さんでも、

ずーーーーっと、

鍼のこと、患者様のことが話題の中心でした。

 

「あの患者様の経過はどうか?」

「あの検査はどうだったか?」

「このパルスは出来るか?出来たか?」

「この件の文献は探したか?」

「研究の進捗状況は?」

などなど・・・

 

あのエネルギーは、どこから来るのか?

と、いつも思っていました。

 

何日も徹夜で研究をまとめる先生もおられましたし・・・

「私にはとても無理だ・・・」と内心思っていました。

 

当時の様子はこちらでも☆

 

実際、雑誌に投稿するときは、

一言一句、指導教官に直しを受けながら、

ヘトヘトになって仕上げた記憶があります。

 

直しを受けて、

その都度、加筆・修正するのですが、

あれは、

 

私の意志と行動を、

明らかにする”作業”だったのだと、

思い返しています。

 

どういうことかというと、

目の前の患者様の訴えを、

自分がどの様に受け止めて、

(正しく受け止められているかチェックを受けて)

それを理解する情報を集めて、

(正しく理解し、情報収集できているかチェックを受けて)

鍼で出来る最良の手段を検討して、計画し、

実行して、その結果どうだったか評価する。

(これも、鍼がきちんと出来ているかも、すべてチェックを受けて)

それを、明らかにして文章化する。

そこに、責任を持つ。

(世間に出して耐えうる文章と内容であるか、更にチェックを受ける)

 

今思えば、

とても、手の掛かる研修生だったと思います。

「私は、いつぐっすり眠れるのかな・・・」って、

ぼんやり思いながら、作業していましたが、

直す先生も大変です。

「いつになったら、まともな文章が書けるのか・・・」と、

思っておられたと思います。

それくらい、直しが入っていました。

 

この気の遠くなるような作業を経験して、

自らに、厳しい目を向けることが出来るようになって、

自分を鍛える方法を学びました。

 

 

「なんとなく、気分良くして帰せば良し」という様な、

曖昧な姿勢も、

頑張る自分に酔うことも、

ここでは許されないものでした。

 

 

徹底したこの姿勢を、

研修時に仕込んでいただいたお陰で、

自分のする治療を、

まともに見ることが出来る様になったと思っています。

 

過大評価することも無く、

卑屈になることも無く、

そのままを理解できていると思っています。

 

だから、満足できる治療結果ばかりでは決して無いけれど、

その結果を冷静に分析して、”楽しむ”ことが出来る。

”楽しむ”というと、不謹慎かも知れないけれど、

自分の課題がどこにあるのか知っているから、

その課題の為に、

勝手に頭が情報を探して、少しずつ前に進みます。

自分の中で

少しずつ進む”楽しみ”があるからこそ、

続けていられるんだと思います。

 

 

実は、

弟子の時代に、

経絡治療学会の夏期大学に、

参加させて頂いたことがありました。

 

自分の感性が頼りにならないもんで、

脈を診る事が出来なくて・・・

 

自分の感覚を信じられないくせに、

良い子ぶりっこの気質があるもんだから、

「解るでしょ?」

って言われると、

つい、

「はい」って言って、

その場を取り繕ってしまうのです。

 

解らないのに・・・

 

これは、やばい!

 

このまま行くと、

何も解らない、

自信のない鍼灸師になってしまうんじゃないかな😱😱😱

と、感じたことを覚えています。

 

もちろん、続けていたら、

しっかり成果を出すことが、

出来たのかも知れません。

 

でも、私は、

私の気質からも、

無理だと判断したのです。

 

 

当時の私、

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グッジョブ‼‼

 

 

研修生時代、続きます。

 

指導教官がビイールパパだったお話はこちら

 

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