空海、弘法大師。
もちろん名前は知っているし、
真言宗という言葉も知っている。
でも、長い時間を超えて残されてきたものを
実際に目の前にすると、
「知っている」ということとは、
ずいぶん違うものだなと思います。
たくさんの仏像を見ました。
静かなお顔。
力強いお姿。
長い年月を経ても、
そこに佇んでいるだけで、
何かを感じさせる。
そんな仏像たちを眺めながら、
なぜか私の目がいくところがありました。
手です。
合掌している手。
何かを持っている手。
指の形。
そして特に気になったのが、
右手に何かを握り、
その手を胴体の近く、近くへと
引き寄せている姿。
なぜだろう。
何を持っているのか、
その仕草にどんな意味があるのか。
そんなことより先に、
その手と身体との距離が気になる。
何かを大切に抱えているようにも見えるし、
自分の内側に
何かを収めているようにも見える。
もちろん、本当の意味は違うのかもしれません。
でも私は、その姿に心を惹かれました。
仏像の手って、
不思議です。
言葉を発しているわけではないのに、
手が何かを語っているように見える。
祈る。
持つ。
守る。
差し出す。
身体の近くに引き寄せる。
そんな一つひとつの仕草に、
目が止まります。
そういえば先日、
歌舞伎を観たときにも、
私は役者さんたちの
手や指先の美しさに
ずいぶん心を奪われていました。
そして、このブログのタイトルは
「手から癒やしを」。
今さらながら、
私は「手」というものに、
ずいぶん惹かれているらしい。
なぜなのかは、
まだよく分かりません。
でも、
「私は、こういうものに心が動くんだ」
ということは、
大切にしておきたい。
何かの意味を知ることも楽しいけれど、
その前に、
自分の心がどこで立ち止まったのか。
それをそのまま覚えておく。
そんな美術鑑賞も、
今の私にはとても楽しいのです。






ちなみに、私は、
千手観音菩薩立像 和歌山 金剛三昧院 に一番釘付けになりました。