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オセロの角が、白に返るとき

昨日、着物を着て、いつものカフェのいつもの席に座っていました。

特別なことをしに行ったわけではありません。

少し買い物をして、ご飯を食べて、いつものように過ごしていただけ。

でも、なぜかその日は、自分ととても素直に話ができるような感じがしました。

着物の中に、自分の身体がすっぽり収まっている。

そんな感覚があったからかもしれません。

以前から私は、「オセロの角」ということを時々考えています。

私の中には長い間、

「自分の居場所を探している」

という前提があったように思うのです。

どこなら私がいてもいいのか。

何をすれば役に立てるのか。

どんな私なら受け入れてもらえるのか。

オセロで言えば、それが今までずっと、角に置かれていた黒い石のようなもの。

でも、もしその角が、

「私はここにいていい」

「私がいるところが、私の居場所」

という白い石にひっくり返ったら、どうなるんだろう。

オセロは、角を取ると、そこから盤面が大きく変わることがあります。

もしかしたら、人の心にもそんなことがあるんじゃないか。

一つ一つを頑張って変えていくのではなくて、根っこにある前提が一つ変わったら、それまで見えていたものまで違って見えてくる。

そんなふうに、根っこの前提が変わることを、私はずっとどこかで探し求めていたような気がします。

昨日、着物でいつもの席に座っていたとき。

「私の居場所はどこだろう」と探すのではなく、

自分の身体がある、ここが私の居場所なんじゃないか。

そんなことを、頭ではなく身体のほうが少し知っているような感じがしました。

そして不思議なことに、そこからいろいろなものの見え方が、少しずつ変わってきました。

まだ、何が起きているのかは分かりません。

本当にオセロの角が白に返り始めたのかも、分かりません。

でも今は、

「変わらなければ」

というより、

角が白になった世界を生きる私は、いったい何を感じるんだろう。

そんな好奇心があります。

しばらく、暮らしながら見てみようと思います。

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