昨日、日本橋の小津和紙へ行こうと思って家を出ました。
ところが、電車に乗ってから調べてみると、お休み。
さて、どうしよう。
せっかくここまで来たのだからと、丸の内へ行くことにしました。
丸善で便箋を見たり、文房具を眺めたり。
そのあと、テラスに座って、8月から書いてきた自分のブログを読み返すことにしました。
丸の内は、とても華やかな街です。
高級ブランドのお店が並んでいますが、私はファッションにそれほど詳しくなく、知らないブランドもたくさんあります。
高級な食事も、美味しいものは大好きだし、時々その世界を味わうのは楽しい。
けれど、日常的にそこへお金を使いたいわけでもありません。
それでも、私はこの街が好きです。
それぞれの道で上を目指してきたものが集まっているような、少しの緊張感。
きちんと手をかけられたものが持つ美しさ。
そして、街全体に漂う品のよさ。
買い物をしなくても、私はその空気の中にいることが好きなのかもしれません。
テラスからは、東京駅が見えました。
少し向きを変えると、皇居の緑。
風が通っていました。
誰かとの待ち合わせもない。
何時までにどこへ行く、という予定もない。
一人で座って、風に吹かれながら、少し前の自分が書いた文章を読んでいる。
「ああ、私、今すごく幸せだ」
そう思いました。
何か特別なことが起きたわけではありません。
高級な食事をしているわけでもない。
誰かと楽しいおしゃべりをしているわけでもない。
ただ、そこにいる私が、とても嬉しかった。
こうして書いてみると、
「それが至福なの?」
と、自分でも少し可笑しくなります。
以前の私は、「素敵な時間」というものを、もう少し華やかなものだと思っていたような気がします。
誰かから見ても、
「素敵な時間ですね」
と言ってもらえそうなもの。
そんなものを、どこかで探していたのかもしれません。
でも最近、
自分が何を好きなのか。
何に安心するのか。
何を嬉しいと思うのか。
そんな小さな反応に、少しずつ気づくようになりました。
家に帰ると、私はすぐ浴衣に着替えました。
身体が、浴衣を安心するものとして覚えているようでした。
そして簡単な鍋を作って、自分にちょうどいい量を食べました。
静かでした。
私はやっと、自分と静かに話をするようになったのかもしれません。
もっと何かになれば。
もっと何かを手に入れれば。
その先に、自分の居場所があるのだと思っていたけれど、
自分が何を好きなのかを知り、
「ああ、これが好きなんだね」
と、自分も一緒に喜ぶ。
そんな時間そのものが、少しずつ私の居場所になっているような気がします。
昨日の丸の内で、
私は何者にもなっていませんでした。
何かを成し遂げたわけでもありません。
華やかな街で、何かを手に入れたわけでもない。
ただ、風に吹かれて、自分の書いたものを読んでいた。
それが、私には至福でした。
私の細胞が喜ぶものくらい、
人と違っていてもいいのかもしれません。
