私は、どうやら活字を読むのに時間がかかるらしい。
本を読むのが嫌いなわけではないのだけれど、なかなか読み進められない。
そんな私が、最近はずいぶんたくさんの物語に親しんでいる。
Audibleという、朗読で本を楽しむサービスのおかげだ。
もともとは夫のために登録したものだったけれど、今では私自身の暮らしを豊かにしてくれる、大切なものになっている。
『アルジャーノンに花束を』
『海辺のカフカ』
『国宝』
どれも、活字だったら最後まで読み通せなかったかもしれない。
けれど、耳から聴いた物語は、不思議なくらい鮮明に心に残っている。
『アルジャーノンに花束を』では、主人公がいじめられている場面が忘れられない。
『国宝』は、現役の歌舞伎役者さんによる朗読が素晴らしかった。
物語を声で受け取ることが、私には合っているのかもしれない。
なかでも、思いがけない出会いだったのが『源氏物語』だ。
きっかけは、着物文化検定。
着物の文化にも関係があるし、ちょっと聴いてみようかな。
そんな軽い気持ちだった。
ところが、これが面白かった。
千年前の人々の心の動きが、驚くほど細やかに描かれている。
人が普段は口に出さないような思いまで、丁寧に言葉になっているのだ。
「そんなふうに思っても良いんだ!」
「人には、そんな思いもあるものか」
何度も驚きながら聴いた。
それまで私は、物語の筋を追うことに気持ちが向きがちだったのかもしれない。
けれど『源氏物語』では、登場人物が何を感じ、何を考え、何を言わずにいるのか。
そんなことを味わうのが、楽しかった。
もちろん、笑ってしまうところもある。
光源氏が、口説こうとしていた末摘花という姫の顔を初めて見て、その容貌にひどく落胆する場面。
「そこまで言うか!」って言うほどの描写で、
思わず笑ってしまった
美しい和歌を交わす優雅な世界かと思えば、なんとも人間臭い。
千年前の人たちも、こんなふうに驚いたり、がっかりしたりしていたのね。
急に親しみが湧いてきた。
そして、心に残っているのが紫の上だ。
光源氏を深く愛しながら、複雑な立場を生きた女性。
自分の心にさまざまな思いを抱えながらも、周囲の人々に静かな愛情を注いでいた。
その姿が、印象に残っている。
けれど今は、少し違うことも考える。
紫の上は、どんな思いで日々を過ごしていたのだろう。
愛する人を思いやりながら、自分の寂しさや悲しみを、どこに置いていたのだろう。
人を愛することと、その人によって傷つくこと。
その両方を抱えながら生きるとは、どんなことだったのだろう。
今の自分の人生にも重ねながら、そんなことを思う。
以前に聴いたときとは、また違うところに心が向いているのかもしれない。
着物文化検定の勉強のつもりで聴き始めた『源氏物語』。
まさか、こんなふうに人の心の奥深さを楽しむことになるとは思わなかった。
そして、物語を味わうということを、私はこの作品から教わった気がしている。
自分とは違う人生を生きる人の心を知る。
自分の中にもあるけれど、うまく言葉にできなかった思いに出会う。
ときには笑い、ときには胸が痛み、そして「そんなふうに思っても良いんだ」と、心が少し自由になる。
千年も前に書かれた物語が、今を生きる私の心に届いている。
考えてみれば、不思議なことだ。
今は、映画を観たあとで『汝、星のごとく』の原作を聴いている。
映画で出会った登場人物たちの心を、今度は言葉を通して、もう少しゆっくり辿ってみたいと思っている。
耳から始まった私の読書は、まだまだ楽しみが尽きそうにない。