自分の中にあったものを、初めから却下しない

最近、自分というブランドを作り直しているような気がしている。

仕事の仕方や、身につけるもの、自分が大切にしたいこと。

そんなものを、一つひとつ考え直している。

でも、まったく新しい自分になろうとしているわけではない。

むしろ、もともと自分の中にあったものが、ようやく形になってきたような感覚だ。

私はこれまで、自分の中から何かが生まれてきても、世間一般の常識と照らし合わせて、初めから却下してしまうことがあった。

「普通はそうしないだろう」

「仕事としては、ちょっと違うのではないか」

そんなふうに、自分がどうしたいのかを十分に考える前に、選択肢から外してしまう。

例えば、着物で施術をすること。

私は以前から、着物で施術をしてみたいと思っていた。

和裁を習っていた頃には、先生にもそんな夢を話していた。

それなのに、実際にやってみようとはしなかった。

施術には動きやすい服装が必要だし、着物では難しいだろう。

そう考えて、試してみることもなかった。

ところが最近、着物を着ているときの自分の感覚に、改めて気づいた。

着物の中にすっぽりと収まっているような感覚。

余計なことに気を取られず、感じることに集中できる時間。

その心地よさを経験して、ふと思った。

この状態で施術をしたら、どうなるのだろう。

もしかしたら、もっと私自身を発揮できるのではないか。

そう思ったら、長い間しまい込んでいた夢を、実際に試してみたくなった。

施術のあり方についても、同じようなことがあった。

一人の患者さんにかける時間は、このくらい。

施術料金は、このくらい。

鍼はある程度の本数を打たないと、満足していただけないのではないか。

何かインパクトのある、個性的な施術でなければ、選んでもらえないのではないか。

そんな、世間一般の常識のようなものを、いつの間にか自分の基準にしていた。

もちろん、そうした施術のあり方を否定したいわけではない。

ただ、それが私のやりたいことなのかと考えると、少し違う。

私は、一人の方の身体に、丁寧に向き合いたい。

必要だと思うことを、必要なだけ行いたい。

鍼の本数が少なくても、それで十分だと感じるなら、それでいい。

時間や料金も、自分が納得できる形を考えていい。

そして、私の施術を望んでくださる方には、私ならではの施術をお届けしたい。

そのためには、何か特別なことを付け加えるよりも、私自身を十分に発揮することが大切なのではないか。

そう考えるようになった。

今、このページに、施術についての説明を作ろうとしている。

どんな施術をするのか。

何を大切にしているのか。

患者さんに安心していただくために、何を伝えておきたいのか。

考えているうちに、これは患者さんのためだけではなく、自分自身のための作業でもあると気づいた。

自分が何を大切にしているのかを、言葉にして確かめているのだ。

私が身体を治すのではない。

身体が自ら整っていこうとする、その働きに手を添える。

それが、私の施術だ。

患者さんの持つ力を信頼することと、自分自身を十分に発揮すること。

その二つは、決して矛盾しないのだと思う。

以前の私は、世間の基準に自分を合わせるところから始めていたのかもしれない。

今は、自分の中にあるものを確かめてから、どう形にするかを考えている。

もちろん、何でも思いつくままにすればいいということではない。

守るべきことは守る。

人への配慮も必要だ。

でも、その前に、自分の中から出てきたものを、いったん受け取ってみたい。

できるかどうか。

うまくいくかどうか。

人からどう見られるか。

それを考えるのは、その後でもいいのではないか。

自分の中にあったものを、初めから却下しない。

最近の私は、そんな小さな練習をしているのだと思う。

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