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もっといたかった。それでも帰った。

先日、大阪で行われた、着物のイベントに参加してきました。

「衣」について考え、感じるための会。

無重力着付けで浴衣を着付けていただいたり、

お茶をいただいたり、

食事を楽しんだり。

私にとっては、ずっと楽しみにしていたイベントでした。

いえ、本当は一日で帰るつもりではありませんでした。

そのまま大阪に泊まって、翌日も、その土地や今回の企画に関連する場所を巡ってみるつもりでいました。

ホテルすらまだ取っていなかったのですが、

せっかく行くのだから、ゆっくりその世界を味わって帰ろう。

そんな気持ちで出かけました。

以前から、音声配信のコンテンツを通して存じ上げていた方々がいました。

中でも、ずっと一度お会いしてみたいと思っていた茶人の方。

その方について、心に残っていたお話がありました。

お茶を淹れている15分だけでなく、残りの23時間45分をどう生きているかも、お茶に表れる。

お茶のこと、飲んでくださる方のことを思いながら生きている。

その人の存在そのものが、淹れた一杯のお茶に移って、心に残るお茶になる。

そんなお話でした。

「24時間、プロとして生きるのか……」

私には少し厳しくも感じられ、だからこそ、ずっと心に残っていました。

その方に、実際にお会いすることができました。

そして、その方がご用意くださった台湾茶をいただきました。

お腹に、すっと入ってくる。

そんな感じがしました。

着物でお茶をいただくことも、とても心地よかった。

ランチにいただいたベジラーメンも、系列のお店でいただいたコーヒーも、とても美味しくて、身体にも楽でした。

無重力着付けで着付けていただいた浴衣も、本当に心地よかった。

そして、一緒になった参加者の方々も、とても魅力的でした。

「あ、この方たちとは、もう少し心を開いて話してみたい」

そんな期待と予感がありました。

夕食の時間には、ずっと会ってみたかった茶人の方とも、もっとゆっくりお話しできるかもしれない。

それも、とても楽しみにしていました。

もっと、そこにいたかったのです。

ところが私は、夕食をいただかず、新幹線に乗って帰りました。

ペットホテルに預けていた犬の具合が悪くなったのです。

心配でした。

そして何より、犬に会いたかった。

夕食も、泊まる予定も、翌日の予定も全部やめて、帰ることにしました。

帰宅して犬を病院へ連れて行きましたが、幸い大事には至りませんでした。

ほっとしました。

ところが、そのあとです。

私の中で、いつもの「反省会」が始まりました。

せっかく大阪まで行ったのに。

あんなに楽しみにしていたのに。

もっと話したかった人もいたのに。

最後まで参加するのが普通でしょう。

なんてことをしたんだ、私。

でも、その後の私は、自分でも驚くほど疲れていました。

そしてその夜、抱えていた感情まで一気に崩れました。

このところ、夫婦のことで大きく心を揺さぶられる出来事が続いていました。

自分で思っていたより、私はずっと疲れていたのかもしれません。

犬の具合が悪かったから帰った。

それは本当です。

でも、それだけではなかったのかもしれません。

犬が心配だった。

犬に会いたかった。

安心できるところへ帰りたかった。

そして、

「今の私には、もうここまで」

と、どこかで感じていたのかもしれません。

あんなに行きたかった場所なのに。

会いたかった人にも会えたのに。

もっと話したかったのに。

翌日まで味わうつもりだったのに。

もっといたかった。

それでも、帰りたかった。

そういえば、

「さようなら」とご挨拶をして会場を出たあと、

私は後ろ髪を引かれることもなく、

下駄でぐんぐん歩いていました。

帰りの新幹線では、思い切って、生まれて初めてグリーン車に乗りました。

心地よく着付けていただいた浴衣のまま、広い座席に身体を預けました。

一人でこんな贅沢をしていいのかしら。

そんな気持ちもありました。

でも、とても嬉しかった。

そして、あの日の私には、本当に助けになりました。

これまでの私なら、ここから反省して、

「次は同じ失敗をしないように」

と改善策を考えていたと思います。

反省する。

自分を責める。

原因を探す。

そして次は、もっと上手にやる。

でも今回、少し時間が経ってから、初めて別の角度から見つめてみました。

「ところで、あのときの私は、どうだったんだろう?」

疲れていた。

心細かった。

犬が心配だった。

犬に会いたかった。

もっといたかった。

そして、帰りたかった。

私はこれまで、

「私はどうだった?」

より先に、

「私はどう見えただろう?」

を考えてきたのかもしれません。

そして、自分を大切にするということも、

「一番やりたいことを、全部叶えてあげること」

だと思っていたのかもしれません。

でも、

もっといたい。

もっと話したい。

もっと味わいたい。

それも本当。

そして、

今の私には、もうここまで。

それも本当。

どちらかを嘘にしなくてもいいのかもしれません。

あの日の私は、

夕食も、

翌日の予定も、

もっと話してみたかった人たちとの時間も手放しました。

でも、

今ここにいる自分まで、

置いていかなかった。

もしかするとあの日、

私はせっかくの旅を途中で投げ出したのではなく、

自分のところへ帰る方を選んだのかもしれません。

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